ローラー鍼刺激による睡眠状態の変化

患者さんは鍼灸治療を受けると「良く眠れた」とよく聞きますが、実際にその効果はどうなのでしょうか?
また、睡眠をより良くする効果的な治療ポイント、セルフケア方法などが分かれば、実践してもらいやすくなります。
そこで、反応点治療でよく用いるローラー鍼刺激が、睡眠に与える影響を調べました。

 

睡眠障害に対する鍼灸治療の効果の研究では、睡眠評価の多くが主観的、つまり被験者(患者さん)自身がどう感じたかになります。
患者さんがどう感じるかも大事なのですが、その評価はいい加減なところもあります。
自分のことは分かっているようで、分からないことも多いものです。

患者さんの「良く眠れた!」が、本当にそうなのかを調べる為には、その睡眠状態を客観的に示す必要があります。
その方法として、今回、ウェアラブル装置(Garmin社製, Venu Sq Music)を用いました。

以前から、このスマートウォッチに睡眠モニタリングという機能があることは知っていました。
心拍数、HRV(心拍変動)、呼吸、活動レベルなどのデータをもとに、睡眠を3段階(深い睡眠・浅い睡眠・レム睡眠)に評価します。
自分でも良く眠れたと思った時は良く眠れた評価(深い睡眠時間が長い)で、いまいちだなと思った時はいまいちな評価(浅い睡眠時間が長い)でした。
気がかりなことがあると、よく眠れていない実感と評価も一致していました。

 

患者さんで検証する前に、まずは自分たちで試しました。
介入(施術)は、反応点部位へのローラー鍼刺激です。
患者さんご自身でケアできることを想定して、部位をいくつか絞り、刺激量も一定(5分間)刺激で検証します。

比較するのは、
・内耳点を刺激して寝た群
・鼻反応点を刺激して寝た群
・何もしないで寝た群
で、1週間ずつ記録します。

なぜ内耳点かと言うと、平衡感覚の失調が、自律神経機能を乱すと考えるからです。
めまい発作時は、寝てても頭を動かすと、目が回ります。
平衡失調の程度は大なり小なりありますが、その情報は睡眠障害の一つにもなると考えます。
めまい症と睡眠障害の関係性もいくつか報告されています。1)

次に、内耳点の刺激効果を調べる為には、それと比べる対照が必要です。
今回、その対照群には、何もしない無刺激群と、異なる部位として鼻の刺激群を設定しました。

それぞれの、
・総睡眠時間
・ピッツバーグ睡眠評価票(毎週)
・レム睡眠、浅い眠り、深い眠り(時間数)
・呼吸数(brpm)
・血中酸素(%)
を評価項目として睡眠状態を比較しました。

 

結果は…

まず、就寝時刻と起床時刻をできるだけ一定にしたので、総睡眠時間にほとんど差はありません。
主観的評価(ピッツバーグ睡眠評価票)もほとんど変わらず、呼吸数、血中酸素も一定でした。(個人差はありましたが、同じ人での群間差はほぼありませんでした)

そして睡眠段階として、深い睡眠時間と、浅い睡眠(レム睡眠)時間(分)はこちら。
(平均値 ± SD)

内耳点刺激で、若干の改善が見られましたが、それが偶然で無いかどうかは、もっとデータ数が必要です。

つまり、「内耳点にローラー鍼刺激をすれば良く眠れる!」と言えるかというと、まだ証拠不十分です。
それには、いくつか検証する必要があります。 

 

まず、このスマートウォッチの睡眠評価に、妥当性、信頼性があるか?
正確な睡眠評価を行うならば、脳波を調べる必要があります。
個人で導入するには難しいので、やはり簡易的な計測になりますが、
脳波で調べた場合と比較したい所です。

そして、今回たった二人のデータで、その二人が治療者でもあります。
その効果が、鍼灸の純粋な効果を示しているかは、あやしいところもあります。

その理由の一つに「プラセボ効果」があります。
被験者が良くなると思ってその介入(施術)を受けると、良くなるものです。
不眠症に対する過去の研究でも、実薬と偽薬を比較するとその差がなかった、つまり偽薬でも薬と同じような効果があったという報告もあります。2)
つまり、良く眠れると思えば、よく眠れることもあるということです。
そのプラセボ効果が働かないように、被験者も、試験者も、その介入が分からないようにするのが、二重盲検法です。

ただ、鍼灸の比較試験では、それが難しいとされています。
薬の場合、その薬効成分の入ったものと、入っていないものを、同じように飲むこともできます。
それが、鍼灸の場合、受けたことと、受けていないことを、それぞれに分からないようにすることは、困難です。
偽鍼といって、刺さない鍼を対照群とすることもあります。
が、刺さなくても効果が出ることはあるので、鍼灸の純粋な効果を示すことは難しいのです。

 

そういういくつかの制約や限界はありますが、それでも効果が出ることは、意味のあることだと思っています。
あとは、その鍼灸(反応点治療)単独の効果や再現性を、いかにクリアに示せるかです。

 

(院)

 
1) 許斐 氏元, 鈴木 衞, 小川 恭生, 他. ピッツバーグ睡眠質問票日本版を用いた めまい患者における睡眠障害の検討. Equilibrium Res Vol. 73(6)502~511. 2014.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jser/73/6/73_502/_pdf

2) Alexander Winkler et al. Effect of Placebo Conditions on Polysomnographic Parameters in Primary Insomnia: A Meta-Analysis. SLEEP, Vol.38, No.6, 2015.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4434559/

 

日本人の睡眠障害とその評価方法

私たちの所属する 反応点治療研究会 では、毎月勉強会があります。
いろんな先生の持ち回りで症例報告や研究発表を行います。
私(院長)の担当は、8月でした。

 

毎年、何をテーマに発表するか悩みますが、今年は「睡眠」にしました。
患者さんの訴えとしても多く、日本人の7割が睡眠に満足していないという報告もあります。
OECD加盟33か国で日本の睡眠時間が断トツのワースト1位であることはご存じの方も多いと思います。
その睡眠障害による経済損失は15兆円(GDP比で約3%)にものぼる「不眠大国」として、世界でも認識されています。1)

また、睡眠障害は様々な疾病につながることも指摘されています。
うつ病などの精神的疾患から、糖尿病、高血圧などの生活習慣病のリスク要因になることも言われています。2) 

その睡眠障害は認識しにくいものですが、最近の国内の研究では、熱帯夜による睡眠障害が、熱中症の健康被害に匹敵するという報告もありました。3)

 

そんな睡眠障害に対する、鍼灸治療の研究も数多くありますが、その評価は主観的な指標であるものがほとんどです。
今年の全日本鍼灸学会の一般演題でも、3題程見かけましたが、その評価方法も被験者自身が眠りを評価する「ピッツバーグ睡眠評価票」でした。

 

客観的な指標としては、医療機関で脳波を調べる検査がありますが、普段の睡眠状態とは大きくかけ離れてしまうことも指摘されています。
自宅で簡単に脳波を調べるサービスもありますが、それなりに費用もするので、個人で継続して試すにはハードルが高いものです。4)

 

そんな背景に対して、現在、個人で睡眠状態を測定できるウェアラブル装置、いわゆるスマートウォッチなどが登場しています。
ウェアラブル端末は若年層に受け入れやすく、睡眠習慣への関心を高めるツールとして有効であるという報告もあります。5)

 

私も1年ほど前から装着していて、自分の感じる睡眠状態(主観)と、スマートウォッチが測定する睡眠状態(客観)は、一致しているようにも感じます。
そして実際、その測定された睡眠状態を見て、良い睡眠を取るように心掛けることもありました。

 

これらを踏まえて、今回、ウェアラブル装置を用いた睡眠評価の妥当性を検討するとともに、私たちの反応点治療が、睡眠状態にどのように影響を及ぼすのかを調べてみました。

 
(続く)

 

1) よく眠る会社が勝つ 睡眠はもう個人だけの問題ではない
https://forbesjapan.com/articles/detail/51406

2) 駒田陽子, 井上雄一. 睡眠障害の社会生活に及ぼす影響. 心身医学. 47: 785-791. 2007.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/47/9/47_KJ00004675970/_pdf

3) Tomohiko Ihara, et al. Lossofdisability-adjustedlifeyearsduetosleepdisturbancecausedbyclimate change. Sleep and Biological Rhythms volume 21, pages69–84. 2023.
https://link.springer.com/article/10.1007/s41105-022-00419-z

4) 株式会社S’UIMIN 睡眠計測サービス「InSomnograf(インソムノグラフ)」
https://www.suimin.co.jp/

5) 葦原摩耶子, 飯田葉月. ウェアラブル端末を用いた睡眠習慣変容プログラムの試み. ジュニアスポーツ教育学科紀要. 6: 1-8. 2018.
https://kobe-shinwa.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=2667&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1