より本質的な治療を

先日の鍼灸学会で感じたことは、鍼灸と一般医療との違いです。
(「鍼灸」学会とあって、鍼灸に肯定的です。)

日本では、「西洋医学」主体の医療となっています。
それは「病気」に対する治療が主になり、いわゆる対症療法も少なくありません。

例えば、高血圧。
血圧が高いから、それを下げる薬(降圧剤)を飲むことになります。
数値が下がると、治ったように見えますが、そうでしょうか?
身体は必要があって血圧を上げていたと考えたら、薬で下げるとどうでしょう?
また、血液の勢いが弱まれば、他に不具合が出てきてもおかしくありません。
よく臨床研究のアウトカムとして出される「死亡率の減少」もありますが、死ななければいいものでしょうか?(命に関わらない他の病気は?)

風邪のときは、どうでしょう?
発熱により免疫機能が上がりますが、解熱鎮痛剤は、熱と痛みを和らげてしまいます。
しかも熱と痛みが楽になれば、休まずに、無理をしてしまいます。
治すことと反対のことをしてしまっているとも言えます。
薬の種類や、場合によっては、脳炎・脳症を引き起こす可能性もあります。
抗生剤の多用で、耐性菌を増やしてきた現状もあります。

なぜ、血圧が高くなるのか?
なぜ、発熱しているのか?
なぜ、そこに痛みが出るのか?

鍼灸は「人」に対する治療です。
反応点治療では、痛みの出る原因にも注目します。
どちらかと言えば、そのなぜ?に注目した、本質的な治療と言えるのでしょう。

それでも、ついついその患者さんの訴える症状やつらさをどうにかすることに力が入ってしまいます。
そして、対症療法的にそのつらさだけを取っていくことの方が簡単だったりします。

でもそのつらさが、患者さんにとってどういう意味のあるものか?
それには、衣食住といった環境要因、そして遺伝子解析が進むこれからは遺伝的要因なども、考えられなければいけないのでしょう。
まだまだ知らない、知られていないことも多いものです。

「今、ここに」も大切ですが、目先のことだけでなく、これからのことにも目を向けられるようにしたいと思います。
病気にならないように「予防」ができるように。

一般医療よりは、時間をかけて、お話を聞くこともできる鍼灸治療です。
(お話よりも身体に出たサインが正直なこともあります。)

一歩踏み込んだところまで治療できるように、もっと勉強が必要だと切に思いました。

 

世界に誇る日本鍼灸

すっかりご無沙汰してしまいました。久しぶりの投稿です。
先週末、全日本鍼灸学会にいってきました。(院長)
毎年開催されていますが、今回は研究会の後輩の発表もあり、久しぶりの参加です。


(行きの飛行機にて。富士山が見えました。)

今学会のテーマが、この記事のタイトルの通りです。
鍼灸は中国の発祥ですが、日本独自にも発展してきました。
その日本鍼灸に対する思いが伝わってくるような内容でした。

例えば、日本式の方が、よく「触れる」ということ。
決められた経穴(ツボ)があって、ただそこに鍼やお灸を施術するのではありません。
人の身体に触れ、その人の反応点(治療点)を感じ取って、治療をします。
その「触れる」ことにも意義があり、科学的にも検証されてわかってきていることもあります。
(ただ触ればいいというわけではありません。)

日本独自と言えば、鍼管(しんかん)を使った施術もそうなのです。
盲目の人にも使いやすいように刺鍼するときに痛みが出にくいようにもなっています。
日本人の繊細さや器用さ、相手を思う気遣いなどが、日本鍼灸の発展につながっていると思います。

また、東洋医学(鍼灸)と西洋医学の比較もありました。
西洋医学の優位な点は多々あります。
ただ、より本質的な治療としては、東洋医学でしょう。
それは疾患に注目する対症療法ではなく、なぜその病に至ったのか?を考える点にあると思います。
死を見つめる医療ではなく、「生を見つめる医療」とも呼ばれていました。

他にも鍼灸の最新の研究はもちろん、ips細胞技術や遺伝子発現の多様性など、興味のある話が満載でした。
鍼灸は、身体全体を注目することから、その分野も多岐にわたります。
基礎研究から、痛み、運動器・スポーツ、内科・婦人科領域、難病、癌治療、そして教育や古典などなど。
それを2日間に詰め込むわけで、内容も濃くなります。

ちなみに、今年の学会会場は「東京大学」でした。
今回、はじめて足を踏み入れました。


(赤門)


(安田講堂)


(図書館)

立派な建造物と大きく育った木々の様子から、その歴史を感じました。
そのままずっと居たくなるようないい雰囲気でした。
(広い構内を革靴で歩き回り、足は痛くなりました。)

東京に行った友人とも出会い、刺激になりました。
これからまた臨床に生かしていきたいと思います。