A journey into the Science of Mind Over Body

「病は気から」なんてことは、重々承知です。
それを科学的にも知りたいと思うのは、理系頭なのでしょうか。
でもそれがわかるならば、気から病にもアプローチできるわけで。

とても読み応えのある本でした。
読書のあと、振り返ってメモ書きを残すのですが、その多いこと。

その中から患者さんや身近な人に向けてもいいと思ったものを、いくつか挙げたいと思います。
(治療師の方は、全文のご一読をおすすめします。)

p8
実体のない非物質的な治療が実際に効果を出している

p11
測定できる物質的なものに集中するあまり、心が持つ実体のない効果を、二の次にするようになってしまった

p73
ノセボ効果は、「周囲の何かがおかしい」という心理的なヒントによって引き起こされる
脅威、不安、不快なヒントが痛みや吐き気の症状を引き起こすことができるなら、安全で安定していると感じること、これから気分がよくなると信じることには、その逆の効果がある。

p162
「大切なのは、没頭すること」
脳が意識的に何かに注意を向けられる能力は決まっている。その能力は上げることも、下げることもできないが、注意を向ける対象を選ぶことはできる。
痛みに注意を向ければ、その感覚が強くなる。
しかし、何か他のこと -安全で、愉快で、遠くにあるもの- を考えれば、痛みは薄れる。
視覚イメージには、特に注意をそらす効果がある。

p191
どこで産むのであれ、精神的なサポートが非常に重要になる(お産について)

p206
要するに、私たちは人間であり、機械ではない。医療を受ける時には精神状態が重要となる。

p216
喫煙や飲酒という行動因子を制御しても、ストレスとなる日々の出来事によって特定のがんのリスクが高まる

p218
ストレスを感じると、人は病気になるだけではない。老化も進むのだ。

p224
特に子ども時代の環境は、その後の人生におけるストレスへの感受性に影響を及ぼす

p237
瞑想がストレスを減らし、心身の健康を向上させるという科学的な主張

p250
瞑想は「むしろ時間を与えてくれます。次々にやってくる無意味な思考を追いかけなくなる分、時間ができる」

p260
それは一時的な状態ではなく、瞑想は脳の物理的構造を変えられる

p270
社会的「つながり」が健康寿命のカギとなる

p276
まわりから拒絶されたり、疎外感を抱いたりすると、体に痛みを感じたときと同じように脳内のある領域が活性化する

p277
誰かと一緒にいても、相手から気遣われていないと思えば、孤独を感じる

p283
子ども時代に逆境にさらされると、成長途中の脳がストレスに敏感になる
さらに、エピジェネティクスによって、幼少期のトラウマ -特に厳しい社会環境- が生理機能に組み込まれる可能性もあり、のちに慢性疾患に罹る
幼少期に(あるいは胎内で)経験する逆境が、のちに炎症レベルを上げ、免疫系を脅威に敏感にするタグを遺伝子につけることはあり得る

p290
老化に伴うマイナス面ばかりに目を向け、プラス面には十分に目を向けていません。プラス面とは、人生で積み重ねてきた知恵と知識のことです。
高齢者のケアの仕方を変え、できないことを手助けするのではなく、その能力を活用するようにしたらどうだろう。

p348
高い目標を持っていれば、個人的な幸せが脅かされても、感じるストレスが小さくて済むと言う。たとえ自分が死んでも、自分が大切にしたものは生き残っていくから。
言い換えれば、自分は何か大きなものの一部だと感じていれば、日々の悩みに対処しやすいだけでなく、いつかは死ぬという、人間が抱える最大の恐怖心を和らげることができる。

p368
脳が生理機能の多くの要素を制御し、ホルモンや天然の鎮痛剤から、免疫系が持つ兵器まで、いろいろなツールが体に備わり、症状を和らげ、病気と闘っている。
ある基本原理がある。それは、怪我や病気で危機的な状態にあっても、日常生活においても、自分は安全で、気遣われ、状況を掌握していると感じていれば、体の調子がよくなるということ。
痛みが軽くなり、疲れにくくなり、病気をしなくなる。体のために機能する。

p385
体と心は絶妙に調和しながら進化し、あまりに完璧に統合しているため、片方から切り離し、別のものと見なすことはできない

といったところでしょうか。

原著や引用文献を調べたわけでもないので不確かなところもあるかもしれませんが、著書は Nature などの記者、編集者をつとめられていたということで、信用度は高いと思います。

最近注目されている、瞑想やマインドフルネス、MBCTについても取り上げられています。
それらを科学的に証明しようとしつつも、
「瞑想に二重盲検臨床試験を行うのは不可能」
とありました。

それは、鍼灸でも同じことが言えます。
偽鍼を用いて比較する研究もありますが、偽鍼でも(皮膚に刺激を与えることで)効くことも考えられますし、そもそもの治療ポイントが従来の経穴で、その人にとって相応しいものでないことも考えられます。
鍼灸とプラセボの効果を分けるのは、難しいものです。
だから、鍼灸の効果が、プラセボ効果であるとは言えません。

もちろん、そのプラセボ効果を、否定や侮ってもいません。
医学で「二重盲検臨床試験」が重要視されていることは、プラセボの効果を認めていることに他なりません。

鍼灸の効果とプラセボの効果、どちらも引き出せることが、何よりなのです。